2007年05月30日

型絵染・下平清人さん

85af081f.jpg「下平はいつも、『ここ』にいる」人間国宝・故芹沢げ雹瓩麓分の左胸を掌で叩きながらそう話していたという

今日のFM岡山「FreshMorningOKAYAMA]のゲストは型絵染の作家・下平清人さん。今日から6月4日(月)まで、岡山市表町・丸善・岡山シンフォニービル店地下ギャラリーで「下平清人 型絵染展」が開かれている。

 

 

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「型絵染」とは紅型をルーツに人間国宝・芹沢げ雹瓩生み出した芸術性の高い染色工芸技術。下平さんはその芹沢氏のもとで23年創作に携わってきた。そして自らも豊かな表現力で数々の受賞作品を生み出して来られた。 「芹沢先生との出会いですべてがかわった。先生の側にいさせてもらえた・・・本当にこんな光栄なことはないし、私の宝・・・」目を細めながら下平さんは語る。「今でも芹沢先生がおっしゃった言葉などが夢に出てきて、汗びっしょりになることが多い。私の仕事はまだまだ・・・なんですよ。」

 

「弁護士をめざそう」。高校生の時、東京で弁護士をしていた叔父のもとへ行こうと長野県飯田市を出た下平さん。神田川で染め物屋の手伝いをしている小さな子供たちの姿を見ていると、その染め物屋の主人に声をかけられ「1日だけ」泊まらせてもらうつもりが2,3日、1週間・・・そのままそこで手伝うことになり、その後、出入りの絵師のもとへ行くことに。その絵師である先生がきっかけで「芹沢げ陝彁瓩函峽狹な出会い」を果たす。

「うちに来ないか」と芹沢氏に声をかけられ、それまでお世話になった先生にも相談し快諾を受けて芹沢氏の下へ向かった。「ん?君、どうして来たの?」と芹沢氏。そんな芹沢氏に奥様が「あなたがおっしゃったでしょ」と。それが芹沢家でののスタートだったそうだ。

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芹沢氏はとにかく厳しい方だったようだ。芹沢氏自身の勤勉さ、感性、努力・・・すべてが作品を最高のものにしてきた。その過程や芹沢氏のすべてを日々見て来られた下平さんは「どんなに厳しくても芹沢先生の元にいられて、お手伝いさせていただけることが幸せだった」と満面の笑み。芹沢氏のことになると、表情が明るくなり本当に嬉しそうに愛しそうに話される。芹沢氏の下にいた23年間毎日、掃除や水汲みなど「下手間」と言われる作業もすべてこなして来られた下平さん。

 

「よく叱られた」と言われるが、芹沢氏からの信頼は絶大なるものだったようだ。しかしそんなことは決して下平さんご本にはおっしゃらない。とても謙虚な方だ。

「技は時間を重ねれば得られるけど、技や生み出すものに「思い」や本当の「心」というものがなければ意味がない・・・。私は、芹沢先生の「思い」「心」をお伝えしたい、ただそれだけなんです。私の作品は芹沢先生と比べものにならないし、比べることは先生に失礼なこと。先生は天空よりももっと上にいらっしゃる方です。」

<お知らせ>

今回の展示会では期間中会場に下平さんもいらっしゃいます。また6月2日(日)午後2時から下平さんのトークショーも開催。このトークショー、僭越ながら私・森田がご一緒させていただきます。(ここでしか伺えないお話をしていただけるよう励みます)

 



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