2008年09月16日

あの世でも

大正生まれのモダンで粋な女性。

「姉妹の中でも一番オシャレで頭もよくて」昔を懐かしむように祖母が話す。その視線の先で大伯母が笑っている。

子供がいなかった大伯母は、自分の兄姉妹の子供たち、そのまた子供たちにまで本当に気を配ってくれて可愛がってくれた。親戚中から愛された人は、敬老の日に地元の姪やその家族とともに過ごし、その後、風呂に入った後静かに逝ったという。

「誰にも迷惑をかけたくない」「絶対に葬儀はしないでほしい」故人の遺志を尊重し身内だけの通夜が営まれた。久しぶりに、そして何十年ぶりに会う親族たちと大伯母の話で静かに場がわく。

彼女から譲られた着物や帯を愛着しているという内容を雑誌『くらしき』に書いたことがあった。「ありがとう」の手紙の中にきちんとクレーム(?)も書いてあった。大伯父との結婚は周囲との反対を押し切って駆け落ち同然だったのは親族では有名な話。(後に親とは和解したらしい)が、それらの件を「実は・・・」と正す内容だった。90歳を過ぎてしっかりと自分の字でそのような手紙をつづってくれた大伯母に頭が下がった。

大伯父が早くに他界し、その後何十年も、大伯母は夫が好きだった煙草とコーヒーを毎朝お供えしていた。子供心に胸をうたれた私は、その光景が今でも忘れられないでいる。晩年、施設に移り住んでも、部屋に大伯父の写真が飾られ、訪れた私たちに夫の思い出話を聞かせてくれていた。

きっと、あの世に行っても彼女は愛する人のためにコーヒーをたてるのだ。通夜に行く前『ぴぃぷる』でコーヒーを挽いてもらって、それを供えた。94歳。信じられないくらい美しい寝顔で今にも起きてきそうな表情だった。

大伯母の人生をすべて知っているわけではない。でも、私は彼女の生き方が大好きだった。大伯母の顔を見ながら感謝の気持ちがたくさんあふれてきた。同時に、私自身の人生の終わりはどのようなものだろう、と考えた。いろいろなことを考えさえられた。

 

「おばあちゃん、がんばるからな。」

姉たちを送り一人残された祖母は、泣きながら微笑みながら私に言った。握りしめた皺くちゃの手は温かく、私を幼少の頃にもどしてくれるかのようだった。そんな祖母を愛おしく感じた。そして、電車に乗り実家まで一緒に帰った母を愛おしく思った。部屋から出てきた父を見て、「ありがたい」と思った。

そして、大切な人の存在を強く思った。

そんな夜だった。

 



keichun_cafe at 23:58│Comments(0)clip!

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔